*外国語コース
宇都宮大学 国際学部 国際文化学科公募制推薦で合格
佐山 さん
2007年3月
外国語コース卒

村田第一中出身

 

海外留学で日本の良さを
再認識。それが日本語教師を
目指すきっかけに


テキサスからニューヨークまで
 ホストマザーと一ヵ月の旅をして…


 高校2年生のとき、アメリカのテキサスに11カ月海外留学を体験しました。テキサスでのホストファミリーは未亡人のホストマザーただ一人。そのホストマザーは、とても教養のある素敵な方でした。二人で語り合いながら、彼女からさまざまなことを学びました。特に思い出に残っているのが、最後の一ヵ月間、テキサスからニューヨークまでの道のりを、ホストマザーと二人で、キャンピングカーで旅をしたこと。本当に貴重な体験をさせてもらったと思います。また、知らない土地に行って自分をさらけだして生活できたことによって、自分に自信がついたと思います
 テキサスで生活してみて感じたことは、日本の文化を間違って認識している人がまだまだ多いということ。そういう人たちに日本のことを説明しているうちに、島国独自の良さに気づきました。それと同時に、自分自身も日本語を正しく使えていないのではないか、それならもっとしっかりと勉強したい、という気持ちが芽生えてきたのです。その経験から、「日本語教師」という職業に興味を持ちました。資格を取得するだけなら、専門学校でも十分です。けれども、私は言葉そのものだけでなく、そのバックグラウンドとなる歴史や文化も勉強したいと思いました。そこで目指そうと思ったのが、宇都宮大学国際学部国際文化学科でした。

外国語コースでの経験そのものが
 試験に役立ちました


 宇都宮大学の推薦試験は、討論でした。試験対策として、担任の先生に薦められたたくさんの本を読み、放課後は先生方につきあっていただいて討論の練習をしました。試験本番のテーマは「アジアがヨーロッパに追いつくためにはどんなことをすれば良いか」。私は、1年生のときの必修科目の中国語の授業を受けたり、中国人の先生や留学生と話したりしていたので、自分の体験から話をしました。外国語コースで普通に受けていた中国語の授業での経験が思いがけず役立ちました。そしてもうひとつ、私の自己PRも勝因のひとつだったのではないか、と思っています。試験前に自己PRを作って、英語の先生に添削していただいたことがありました。そこで先生が「あなたの良さが全然出ていない、あなたはもっといろいろな経験をしてきているでしょう」とおっしゃったんです。その言葉のおかげで、自分に自信がついて、すっかりプラス思考になりました。私の自己PRは本番でも試験官に大うけでした。その時、改めて先生に感謝しました。
 宇都宮大学は入学してからも授業でも討論が多いと聞いています。私はテキサスで、英語が話せないから発言ができない、ではなくて、話せなくても身振り手振りでも意思を伝えようとする姿勢が大事だということを身を持って知りました。海外留学を通して学んだ“自分の意見を進んで主張する姿勢”は今後、大学でも役立ちそうです。
 
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学習院大学 文学部哲学科指定校推薦で合格
石川 さん
2007年3月
外国語コース卒

青葉中出身

たくさんの友だちとの出会い、
おもしろい授業、多彩な行事…
あっという間の3年間でした


難解と思いこんでいた古典が
 魅力あふれる世界に変貌


 私が仙台育英に来たのは、他人と違う体験をしたかったからです。個性豊かな生徒が集まり、楽器演奏や語学研修など多彩な行事が催され、授業では茶道・華道・第二外国語を学ぶなんて、絶対におもしろい高校生活が送れるに違いないと思いました。入学して意外だったのは、授業が暗記詰め込み型じゃないこと。たとえば古典では文法にばかり重点を置いた内容ではなく、平安時代の日記や物語を実際に読めるようになるまで教えてくれます。少し読めると、今まで取っつきにくかった古典が急に魅力的な文章に感じられる。ほかの科目も同様で、高校に入ってから勉強がすごく楽しくなりました。それから、仙台育英ではさまざまな資格の検定試験に挑戦できます。私は資格そのものより、自分の実力がどれくらいあるのか確かめたくて、英検2級、漢字検定準1級、中国語検定2級を取得しました。ひとつ級が上がるとうれしくなって、さらに難しい級にチャレンジしようと欲が出ます

海外研修先のフランスで
 美術史に興味を持ちました


 高校2年の夏、仙台国際交流協会主催の高校生海外研修に参加して、仙台の姉妹都市であるフランスのレンヌをはじめ、パリ、モンサンミッシェルなどを訪ね、現地の学校を訪問して文化・歴史関連施設も見学しました。最も感銘を受けたのは、宗教色の濃い絵画や建築です。1枚の絵にも、その国の文化の歴史があり、作者の思いが詰まっている。逆に、日本の美術や建築はどうなんだろう、さかのぼってルーツである中国はどうだったんだろう、と東洋美術にも目が向くようになり、大学で西洋・東洋の美術史を学ぼうと決心しました。
 学習院大学文学部の哲学科には、国際浮世絵学会理事長や古代・近世の絵巻物研究の第一人者など実績ある教授がいらして、のびのびとしたキャンパスの雰囲気が自分と合いそうです。私の母が学習院女子大出身であることも、選択の決め手になりました。学習院大学の指定校推薦試験は自己推薦文だけなので、担任の大友先生に細かく指導していただきながら主張すべきところを膨らませ、1カ月かけて何度も書き直しました。仙台育英では机にかじりついて必死に勉強しなくても、ふだんの授業を真面目に聞いて先生が出すワークをこなしていれば、成績が下がることはないでしょう。私の場合、取得した検定資格も評価されたのかもしれません。振り返ると高校生活は楽しい思い出ばかりで、仙台育英を存分に活用させてもらった、という感じです。合格後も気を抜かず、3月まで美術に関する入門書や漢文の本などを読んで基礎知識を増やしておくつもりです。

 
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東北学院大学 教養学部言語文化学科AO入試で合格
伊藤 さん
2007年3月
外国語コース卒

田子中出身
海外姉妹校への
留学を通し、進む方向が
見つかりました


日本人だからきちんと
 日本語を学びたい


 英語が好きでもっと勉強したかったので、高校を選ぶときは仙台育英の外国語コースしか考えられませんでした。そんな私が「大学で日本語の学習を通して文化を学びたい」と思うようになったのは、アイルランドにある海外姉妹校への留学がきっかけでした。
 アイルランドは明るいお国柄で、時間がゆっくり流れている感じがしました。現地の高校生と同じ授業を受けたので、最初はなまりのある英語が聞き取れず不安でしたが、3カ月もすると耳が慣れてきました。
 日本で言う国語の授業はアイルランドでは英語の時間になるわけですが、文法的な疑問を質問すると、ネイティブの人たちでも分からないことがたくさんありました。そんな様子を自分に置き換えてみたら、私自身が日本語をきちんと理解できていないのではないかという疑問にぶつかったのです。そこで、大学では日本語を学ぼうと決心しました。
 もう一つ、留学から得たものがあります。授業に「職業体験」の時間があり、障害者の施設に一週間通って、そこでの仕事を体験しました。障害を持つ方との触れ合いは心温まるものがあり、「自分がやりたかったことはこういうことなのだ」と、ボランティア活動への関心が深まりました。
 10カ月の留学から帰ってきたのは3年生の6月中旬で、一気に現実に引き戻されました。仙台育英の場合は、留学期間も授業単位にプラスされるので留年することなく卒業できるのですが、勉強の遅れを埋めるのは大変でした。特に世界史はブランクが大きかったのでAOでの受験に切り替えました。面接では留学体験を通して芽生えたボランティア活動を大学でもやってみたいと訴えました


プロのオーケストラとの共演は
 貴重な体験でした


 高校生活の最後の大きなイベントは、12月に行われたマンドリンのコンサートです。仙台育英に入学する前は音楽に親しむ環境になかったので、1年の必修でマンドリンを習ったときはうれしくて、できたばかりのマンドリン愛好会にも入りました。ニューヨークで活躍するニューヨーク・シンフォニック・アンサンブルとのジョイントコンサートは一番の思い出で、プロのオーケストラの素晴らしさを身近に味わいました。振り返ってみると高校生活の、一つ一つの出来事が楽しく、本当に充実した3年間でした。
 
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