皆さん、おはようございます。『生命(いのち)のメッセージ展』代表の鈴木共子と申します。生命のメッセージ展のことは、皆様ご存知の方も多いと思います。飲酒運転等の交通事故だけではなく、さまざまな犯罪、少年犯罪、ストーカー殺人、強盗殺人、そしていじめによる自殺…。理不尽な状況で命を奪われ、メッセンジャーと呼ばれる人型パネルとなった犠牲者が主役の展覧会です。生命のメッセージ展は全国で開催されております。この仙台育英学園では、3回目の開催となります。

 8年前に皆さんの先輩が、飲酒運転の犠牲になりました。それから、この学校では亡くなった生徒のことを悼み、忘れない、そして飲酒運転根絶のためのさまざまな取り組みを、積極的にしていただきました。こうした学校の姿勢に、また先生方や生徒の皆さんに私は敬意を表したいと思います。ですから、こうして仙台育英学園で開催できることは、私たちにとって誇りでもあるのです。

 今回のメッセンジャーは159名連れて参りました。前回よりもその数は増えております。増えることは決して喜ばしいことではありません。ですが、理不尽な状況で命を絶たれてしまう方は、たくさんおります。こんな数ではないことは明らかです。ですから、一人ひとりのメッセンジャーの背後には、何十人、何百人、それから何千人の無念な思いがあるのです。メッセンジャーの年齢は赤ちゃんからお年寄りまで、さまざまです。ですが一番多いのは子どもたちと、若者です。皆さんと同世代のメッセンジャーがたくさんおります。

 私たちの活動の目的は、誰にも被害者にも加害者にもなってほしくない。誰にも大切な人の命を奪われてしまった、私たちのような悲劇を味わわせたくない。誰もが途中で命を奪われることなく、その人生を全うできる…。そんな命が大事にされる社会を実現したいという目的を持っているんです。私たちの活動は“種まき活動”だと思っております。開催した地に、私たちは種をまきます。その種が芽を出し葉を茂らせ、花を咲かせ、実を実らせる。その実を収穫するのは、残念ながら私たちではないかもしれません。でも、未来の人にはその実を収穫してほしいと心から願っております。

 生命のメッセージ展は、遺された家族にとっても慰めに繋がります。私は19歳の一人息子を飲酒運転で亡くしました。大切な人の理不尽な死…それはなかなか受け入れることができません。特に我が子である場合、死をもって終わりとすることはできないのです。そこに物語が必要となってきます。私たちは、人型パネルになった犠牲者の方たちを“メッセンジャー”と呼んでいます。それもひとつの物語です。いろいろな物語があるのですが、私の息子のように、人生の第一歩を踏み出そうとしていたとき、そんな娘・息子を亡くした親たちは、自分の娘・息子を命のメッセージ展に就職させるという、そんな物語を紡ぎます。全国に出張して、たくさんの人に出会って、命の大切さを伝えるという仕事をする、そんな物語なんです。人との出会いの数は一生の間に限られています。でも、生命のメッセージ展が続く限り、メッセンジャーとなった私たちの大切な人はたくさんの人に出会います。天文学的な数字に出会うんです。それは、私たちのささやかな慰めにも繋がります。物語というのは、遺された私たちが生きるための物語です。でも、現実は死んだら終わりです。死んだらゲームのようにリセットできないんです。生き返ることなんか、ないんです。

 また、生命のメッセージ展は、生命(せいめい)と書いて、『いのち』と読ませております。ここで言う命は、犠牲になった方たちの命です。

 生命(せいめい)…命が生まれる。犠牲になった方たちは、メッセンジャーとして、新たな命として生まれているという意味です。

 生命(せいめい)…命を生かす。その死を無駄にしないという意味です。

 生命(せいめい)…命を生きる。犠牲になった人たちの分まで、私たちは精一杯生きよう。そんな誓いの思いを込めて、生命(せいめい)と書いて『いのち』と読ませております。

 それから、メッセンジャーは白いパネルでできております。その白にも意味があります。白は大切な人を亡くしてしまった、奪われてしまった私たちの喪失感の色です。それから、一人ひとりのことを想像してほしいという願いを込めて白にしてあるのです。また、会場には赤い毛糸のコーナーというものがあります。メッセンジャーに出会っていただいた人達に、10センチほどの長さの毛糸を結んでいただきます。それは、人と人が繋がるということです。そして命はずっと繋がっていってほしいという願いです。また、できた毛糸の玉は命の重みを象徴しているんです。この生命のメッセージ展は12年前に始まりました。最初のたった1本から始まった毛糸が、今は両手に抱えきれないほどの大きな毛糸の玉になっております。どうか皆さんも、結んでほしいと心から願います。

 今日は時間の許される限り、一人ひとりのメッセンジャーに出会っていただきたいと思っています。感じること、思うことはそれぞれだと思います。ですがメッセンジャーたちは、皆生きたくても生きることのできなかった人達です。そして皆さんは今、まぎれもなく生きています。ですから生きている実感を私たちは感じ取っていただけるんじゃないかと、そう思っております。


 これから、メッセンジャーからということで、皆さんへのメッセージを読ませていただきます。

今を生きている君たちへ

 今、君たちは生きている。
 君たちの心臓はどくんどくんと力強く命を刻み
 昨日があって、今日があって、明日があって
 嬉しかったり、悲しかったり、悔しかったり
 生きていればこその日々を重ね、
 生きていればこその感情に揺れながら
 今、君たちは生きている。

 でも僕らは、さまざまな理由である日突然、
 命を断ち切られてしまった。
 生きたくても生きることができなかった。
 だから、生きているって当たり前じゃないんだよ。

 君たちは奇跡の命を生きている。
 愛おしい命を生きている。
 かけがえのない命を生きている。
 今、君たちは生きている。

 生きていればこその夢をもって、
 生きていればこその希望をもって
 生きたくても生きることができなかった僕らの分まで、
 精一杯生きてほしい。
 
 今、君たちは生きている。
 生きていることは素晴らしい。

生きたくても生きることのできなかった僕らより

 最後に母親の一人として、皆さんに絶対に約束してほしいことがあります。それは、どんなことがあっても親より先に死んではいけない、そのことだけは約束してほしいと思っています。

 
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